福岡高等裁判所 昭和37年(ラ)59号 決定 1962年10月31日
理由
一、抗告の趣旨及び理由は別記のとおりである。
二、本件記録によれば、破産者である抗告人は昭和二三年一一月一日から三井鉱山株式会社山野鉱業所に鉱員として勤務し同三七年四月五日退職したものであるところが、右鉱業所においては満五五才を以て停年退職とする定めであつて、昭和三二年一〇月二一日付三井鉱山株式会社と日本炭鉱労働組合との間の鉱員退職手当に関する協定及び昭和三五年一二月三日付前記鉱業所と三井山野労働組合との間の確認書により、退職する場合には退職金請求権を有していたものであり、これにより前記退職にあたつては二一一、九六一円の退職金の支給を受け得たのであるが、昭和三五年一〇月二八日の本件破産宣告当時において、抗告人は右退職金請求権を有しながら、破産者としてこれを破産手続においては陳述せず、そのため費用不足を理由として破産廃止の決定がなされたことが認められる。
しかして、抗告人の右退職金請求権の内容を前記協定によりこれをみれば、鉱員たる抗告人が不都合の行為により解雇された場合を除き、死亡したとき、会社の都合により解雇されたとき、職員に昇格したとき、停年により退職したとき、傷病により業務に堪えないため退職を申出て会社が認めたとき、自己の都合により退職を申出て会社が認めたときは退職金を勤続年数に応じて支給されるものであることが認められる。
そこで、右退職金請求権の性質を考えるとき、右退職金は鉱員の過去における労働の対価の一部として、将来の退職を条件とし、その退職時を履行期とする請求権であつて、その四分の一、事情によつては二分の一までは差押えることができ、且つ、少なくとも破産宣告当時までの勤務年限に相当するもので右割合による部分は破産財団に属すべきものというべきであるから、破産法第三六六条の九第三号にいう陳述すべき財産にあたるものと解される。
しかるに、抗告人は破産者として右退職金請求権を有することを陳述しなかつたことはその自認するところであるから、その財産につき裁判所に虚偽の陳述を為したものといわなければならない。
これに対し抗告人は右退職金は賃金と同視すべき債権ではなく、単なる期待権にすぎず、しかも破産宣告後に抗告人が新たに取得すべき自由財産であるから陳述すべき財産状態に入らないと主張するが、しかしながら前記説示の如く右退職金請求権は既に三井鉱山株式会社と日本炭鉱労働組合との協定により基本的法律関係は設定され、その要件事実の大部分は破産宣告前既に成立しており、将来退職の事実の発生のみを以つて、全要件は充足され、直ちに支給されるべきものである。これは将来において確定すべき請求権であり、且つその四分の一乃至二分の一までは差押可能のものであるから、右の如き請求権も破産財団に帰属するものといわなければならない。ただ前記協定によれば、勤続年数の長短により、支給金額に増減が認められるので、少なくとも破産宣告後の勤務期間により破産宣告迄における支給額を超ゆる部分のみは破産者の新取得の財産にあたり、該部分だけが自由財団に属するものと解されよう。しかし、本件破産においては抗告人はその破産宣告前既に約九年を勤務していて、これに相当すべき退職金は破産財団に帰属すべきものであるからこれを破産手続において陳述すべきである。
次に、抗告人は右退職金請求権は在職中は発生せず、退職するかどうか判明しない以前において、これを破産手続で陳述する必要はないと主張するけれども、しかし前記の如く破産財団に帰属すべきものにして将来に於て確定するものである限り、これを自己の財産状態として陳述すべきである。
更に、抗告人は同一事情にある破産者亀井英雄に対しては免責を許可しながら、抗告人に対して免責を許さないのは不公平であるというが、しかし他の申立人に対し免責許可があつたことを以つて理由とすることはあたらず、しかも記録によれば右亀井英雄は破産宣告前の昭和三四年一〇月一五日既に退職している者であつて、破産宣告当時には退職金請求権を有しなかつたので、陳述しないことは虚偽ではなく同一事情にあるものではない。
なお、抗告人は原決定は法律上の理由もないのに単なる感情に基き懲罰的になされたものであるかの如く主張するが、前記の如く抗告人が破産者として財産状態につき虚偽の陳述をなしたことを理由として免責不許可の決定をしたのであつて、右主張及び其の他の抗告人の主張はいずれも理由がない。
以上の理由により本件申立は免責を許さないのが相当であり、本件記録を精査しても原決定を不当とすべき理由は発見できないので。抗告人の本件抗告は失当として棄却する。